刈谷教会の牧師紹介
 
 主任担任教師 栗原 武士 牧師
 

2022年4月から、栗原武士牧師が着任いたしました。
よろしくお願いいたします。


 《メッセージ》
 「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。」(新共同訳)

 常に喜んでいたいと思っています。誰も好んで怒ったり、泣いたりしているわけではないと思います。

 喜びなさいと言われても、素直に喜べない時があります。当然です。私たちには、嬉しい日も、悲しい日も、簡単に色分けできない、いろいろな日があるのですから。重ねて言われても、喜べない時があります。

 それでは、無理なことが書かれているのでしょうか。そうではありません。主において…主からの働きかけや、御守り、導きに目を向けることを勧めているのです。辛い日もあるでしょう。悲しい日もあるでしょう。それでも、主はいつも共にあって下さるのです。主が共にあって下さるなら、辛さや、悲しみの原因を取り去ってくれればいいのに。回避してくれたらいいのに。…と思うのが、私たち人間の思いです。そう思いたくなるのです。

 そう思ってもいいのです。そんな私たちの思いを、受け止めて下さり、共に気持ちを担って下さるのです。その時から、より善い道へと私たちをリードされるのです。私たちは、自己中心的にものを見て、考えてしまいます。神様のように、長い目や、広い目で見れば違う見方も出来るでしょう。しかし、私たちは強くない。だから、苦しいのです。

 そんな私たちのことを良く知っておられる主は、悲しみ、苦しむ私たち一人ひとりに寄り添われています。私たち自身、そう思えなくても、感じられなくても、主は共にいて、支えて下さっています。私たちが閉じこもり、拒否しても、変わりません。そこに喜ぶ余地があるのです。
何故、喜べないか。いろんな理由がありますが、余裕のなさが一つ上げられると思います。私たちは、余裕がないと、厳しく隣人にもあたってしまいます。余裕がない私たちに、主がは働かれ、隣人との間に入り、整えて下さいます。どんなに余裕がなくても、一人ではなく働かれる主がいて下さいます。

 そのことに気付いた時に、私たちは、素直に喜び、感謝出来ます。そんな日ばかりでなくても、大丈夫です。喜べる土壌の上にあるのです。そのことを信じて、教会の活動を進めていきたいと思います。